トルコ語翻訳家のイスタンブル暮らし
トルコ・イスタンブール生活22年目、反抗期真っ盛り上の娘、生まれてからずっと反抗期の下の娘をかかえる働く母の日々の出来事や感じたことを綴ります。
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トルコ生活22年目の二人子持ちの翻訳家・通訳の日常生活と旅行の記録です。トルコ民家研究がライフワークです。



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おめでとう!アルダ!
打ち消し文ガラタサライが生んだ
Arda Turan-アルダ・トゥランが、
ついに世界にバルセロナの一員になりました!
これはすごいことですね!
arda

今までトルコ人でレアルのメスット・オズィルとか、
ボルシア・ドルトムントのヌーリ・シャーヒンとか、
有名クラブに入った人はいましたが、
みんなドイツ生まれのドイツ育ち。

古くは50年代のフェネルバフチェ伝説GK
レフテル・クチュックアンドンヤディスという
ビュユック・アダ出身のルムの選手が
フロレンティーナに、
(1958年のワールドカップメンバーでした!)
60年代ガラタサライ伝説の10番メティン・オクタイが
パレルモにいたことがありました。

もう10年以上も経ちましたけど、
2000年のUEFAカップ(当時はそういってましたね)
でガラタサライが優勝した直後は、
あのハーカン・シュキュルやエムレ、オカンが
セリエAのインテルに移籍し、
エムレはその後結構活躍してました。
彼らが「純粋トルコ産」で
海外で活躍した久々の世代かな。
以後あんまり上位クラブじゃないけど
行った人はいることはいましたけど、
パッとしないまま終わってましたね。

例外、トゥガイ・ケリムオウルという選手は、
グラスゴーレンジャーズの後ブラックバーン・ローバースで
9年プレーして、2009年に39歳で引退したMFでした。
自己管理がしっかりしていたので、この年齢まで
やってこれたんですね。落ち着いていて機転が利く
プレーぶりで、チームのまとめ役として慕われていました。
10年以上のプレーヤーでないと
引退試合してもらえないということでしたが、
最後の試合にはトゥガイのお面とトルコ国旗を持った
サポーターがつめかけたそうです。

アルダに話を戻しますけど、
彼はイスタンブルでもブルガリアや旧ユーゴからの
トルコ人移民が多い地区で生まれました。
彼の家族ももとはエディルネ出身。
8歳から地元クラブでプレーし、
12歳からガラタサライのジュニアユースに移籍、
16歳でAチームに抜擢されて、
スーパーリーグデビューを果たしました。
左サイドハーフが基本ですが、
右サイドやトップ下もこなす器用な人です。
なにしろボールの扱いが並はずれてうまい~
こちらのビデをを見てもらえればわかります!

https://www.youtube.com/watch?v=N7Xl5ywZ910

脚が短いのがかえってよいのかな?
ボールに吸い付くような脚の動きが名人芸ですね~

ガラタサライでめきめきと頭角を現し、
チャンピオンズリーグでも大活躍。
22歳でキャプテンになって、
10番を担うようになりました。

そして2010年にラ・リーガのアトレティコ・マドリッドに移籍!
以前にもラ・リーガには
GKのルシュトゥがバルサに移籍したことがありましたが、
いつもベンチを温めていて、全然出場でききず、
結局トルコに帰ってきたということがありました。
そうならなきゃいいな~と思っていましたが、
アルダは違いました!
すばらしいアシストと得点力でチームを
リーグ優勝のみならず、UEFAリーグ優勝へと導きました。
昨年などはチャンピオンズリーグでのセミファイナルで得点し、
チームの決勝戦出場に貢献しました。

今回バルサ移籍で地元バイラムパシャ市民は大喜び!
実家がある通りの名前も
「Arda Turan通り」と改名されるくらいの大騒ぎです~

自身が陶酔している
イエニスタイニエスタを超えられるプレーヤーになれるかな?
(いつも「イエニスタ」って間違えて言いそうになる)
今期の活躍が楽しみです! 

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そういえばスケートに転向したイルハン・マンスズのその後
前回トルコのフィギュアのことを書いたら、

「そういえばサッカーのイルハンはスケートに転向したと
きいてますが、どうなりましたか」

ときかれました。

そう、2002年の日韓共同開催のワールドカップで、
日本女子の心をわしづかみにしたイルハン・マンスズのことです!

ilhan1

パソコン画面から撮っているので不鮮明ですみません。

W杯の後はずっと膝のけがに泣かされ続け、
日本に行ったものの、ほとんど試合には出場できず、
ドイツに帰ったもののパッとしなかった、
未婚でドイツ人女性との間に子供も設けたイルハンですが、
結局サッカーは2007年に引退。

その後モデル業をやったり、ちらっとドラマに出たりとしていました。

そんなある日、「Buzda Dans」というバラエティー番組からお声がかかりました。
フィギュアスケートでは素人の芸能人や有名人に
特訓をほどこして競ってもらうという内容です。

これはBBCの人気ダンス番組Strictly come dancing の
フィギュアスケート版 dancing on iceのトルコバージョンです。

ilhan2

そこでスケートの特訓をしたイルハンは、フィギュアでも筋がいいということがわかり、
番組で大成功をおさめてフィギュアの道へ。

オリンピックを目指してもとスロバキア代表だったOlga Bestandigovaと組み、
ペアのカテゴリーでトルコ・ナショナルチームにも入りました。

ilhan3


しかしなかなか上位に行けない。。。

もう32歳です。ちなみにオルガももう34歳。

こちらは去年9月にドイツで行われた
ネベルホルン杯の模様です。

http://www.youtube.com/watch?v=hdjZB4u4FTU

最下位でした。。。

ということで結局オリンピックに出られませんでした。
動画を見ていただければお分かりの通り、とても出れるレベルにはありません。

なんとか出られたアイスダンスのAgafonova-Uçar組の結果は前回紹介したとうりです。
年齢のこともありますし、今後どうするんでしょうか。


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トルコ人選手たちのソチ・冬季オリンピック
わたしは大のフィギュアスケート好き。
羽生くんが金をとってよかったですね。
私は高橋君も応援していましたが、今回は不完全燃焼。

先週から昼間はしごと、夕方はオリンピック観戦に録画もしなければならないので、
わたしの生活は多忙を極めています。

しかもTELEDUNYASIからDVD録画すると画質がとても悪く、
子供を奥の部屋に追いやって、
なんとテレビの前にビデオカメラを置いてマニュアル録画ですよ!!!
ちょっとでも騒いだらただじゃおかない!って感じです。

そういう時に限って家の電話が鳴ったり、(携帯はもちろんマナーモード)
下のおばちゃんがピンポーンときたりしてイライラです。

さて、今年なぜかEUROSPORTSでまったくオリンピックの放送がありません。
ロシアと仲悪いんでしょうか、放送権がかえなかったのかもしれません。

そこで頼みの綱がトルコ国営放送TRTです。
もともとスポーツと国会中継の混送をしているTRT3は、肝心なときに法案審議が長引いて
夜中までそれです。
そこでずっとスポーツ放送をする新チャンネルTRT SPORです!

最近の圧政のせいで、ペアと女子フィギュアは放送しないとかなんとか騒いでいましたが、
結局放送に。EUROSPORTSがだめなんで、これがなかったら、TRTに卵投げに行くところでした。

ちなみに開会式ではエルドアン首相と阿部首相がまた会っちゃってます。
もうマブダチ?

sochi2


さて、トルコ人て冬のオリンピックに出てるの?
とよくきかれます。
最近こそスキーがはやり始めましたが、ウィンタースポーツ日照りのトルコ。

数年前まではTuğba Karademirトゥーバ・カラデミルという女子フィギュア選手がいて、
とりあえずフリーまでは進出できていたんです。確か彼女の最高順位は
ヨーロッパ選手権で10位だった。スケートのために小学生のころからカナダに移住までしていましたから。

今回のソチに6人、3種目で参加です。

sochi1

トルコ国旗を持っているのが、アイスダンスのAlper Uçar・アルペル・ウチャルくんです!

彼はもう10年近くフィギュアの大会に出ています。
実は昔はシングルでやっていて、ハンガリーのコーチについていましたが、
選手権でいつもSPまでて、FPに出られたことがありませんでした。
2010年に思い切って(ジャンプがない)アイスダンスに転向。
ウクライナ人のAlisa Agafonovaと組んで活動し始めました。

アルぺル君は85年生まれの28歳。デニズリ出身ですが、トルコのスケートの登竜門、
アンカラのリンクでスケートを始めました。

sochi3

現在のコーチは94年リレハンメル五輪の銀メダリスト、
98年アルベールビル五輪の銅メダリスト、
アレキサンドル・ズーリンです。
トルコのスケート連盟のバックアップがあるんでしょうか。
豪華です。

さて、こちらがアガフォノヴァ・ウチャル組の演技です。

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結構いい線言ってると思ったのに、49.84点とすごい低い点数つけられてしまいました。観客もブーイングです!でもやはり上位のペアを見てみると、より難易度の高い技をもってきているかな。それに審判にトルコ人がないのと、国際スケート連盟でもトルコの肩身が狭いことも点数に響いているかもしれません。

結局順位が及ばず、またもやFPに進出できませんでした。
日本のリード兄弟と一緒に共倒れです。。。

しかしあきらめないでやることが大事です。
アイスダンスなら30歳過ぎてもやっていかれます。
上位の人を良く見て、点数が稼げる技を研究してほしいです。

さて、その他の種目ですが、
クロスカントリーにはソルトレイク五輪でトルコ人女性としては初めて出場した
Kelime Çetinkaya・ケリメ・チェティンカヤさんは、極寒のKars出身。

sochi4

残念ながら最下位でした。。。

もうひとり、Muş出身のSabahattin Oğlago・サバハッティン・オーラゴくんも72位と振るわず。

sochi5

アルペンスキーにはトルコ代表で
カイセリ出身、女子のTuğba Kocaağaと
バイブルト出身、男子のEmre Şimşekがエントリーしていますが、
あまり期待できないかもしれません。

政府のテコ入れはゼロに近いことがうかがえます。

みなさん寒いところの出身ですね。
そういったところにウィンタースポーツの中心地を作って、
トルコも選手育成に努力してもらいたいところです。

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トルコの星・ジュネイット・チャクル!Cüneyit Çakır
昨日帰宅途中で自殺騒ぎを目撃しました。
自殺騒ぎ1
それでこのビルの下はこんなことになっていました!
自殺騒ぎ2
消防車や救急車が来ていて、ビルの真下にはトランポリンのようなものが!白いのが見えますね?

結局この人はあきらめたようですが。この日一生懸命ニュースを見ていましたが、何も言ってませんでしたから。

 さて、今はEURO2012サッカー欧州選手権の真っ只中です。残念ながらトルコは出られませんでした。予選落ちです。。。この前はワールドカップにも出られないし、最近ぱっとしません。
 しかしそんなトルコにも希望の星がいるんですよ。それは、審判のジュネット・チャクルCüneyit Çakır です!

Cüneyit
準決勝のスペイン・ポルトガル戦で主審を務めるチャクル

 1976年生まれ若干36歳のチャクルは、今回のEURO2012の審判の中でも最年少。父親も審判だった彼は大学は経済学部を卒業しているインテリです。トルコの国内リーグで2001年にデビューし、2003年にUEFAの公認審判に、2006年にはFIFAの公認審判となりました。2003年からはチャンピオンズリーグの主審なども務め、トルコのチームが出てないときは、彼の活躍を見て国民がなぐさめられました。
 今回もそう。生放送は国営放送TRTでしたが、アナウンサーが試合の流れ以外にもチャクルの一挙一動に解説を入れます。「今のはチャクルの的確な判断でしたね!」とか「公正なジャッジでしたね!」「今のフェイントにチャクルはだまされませんでした!」とか、ほめちぎってます。翌日の新聞も試合よりかチャクルの扱いが大きかったりして。(というのは言いすぎですが)
 準決勝のスペイン・ポルトガル戦で堂々と主審を務めたチャクルは、決勝でも第4審を務める予定です。なんかかっこいいですね!

 トルコが出なくてさみしい今回のEUROでもうひとつのなぐさめは、ドイツ代表で出ているトルコ系三世のメスット・オズィルMesut Özilです。彼は「自分をドイツ人だと感じている」ということで、トルコ代表のオファーを蹴ってドイツ代表になったのですが、正解ですね。トルコ代表はどの大会も予選落ちです。1988年生まれのオズィルの家族は70年代にドイツに出稼ぎに来たトルコ人でした。地元のジュニアチームでメキメキと頭角を現したメスット少年はシャルケ04、ブレーメンと次々に有名チームに引き抜かれ、今ではレアル・マドリッドの星です。
Mesut
残念ながら準決勝でイタリアに敗れましたが、彼のことはテレビ中継中もあまりほめちぎってませんでした。やっぱり何と言っても今回の華はチャクルです!

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