トルコ語翻訳家のイスタンブル暮らし
トルコ・イスタンブール生活22年目、反抗期真っ盛り上の娘、生まれてからずっと反抗期の下の娘をかかえる働く母の日々の出来事や感じたことを綴ります。
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トルコ生活22年目の二人子持ちの翻訳家・通訳の日常生活と旅行の記録です。トルコ民家研究がライフワークです。



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病魔シリーズ 耳
ついに空爆、始まってしまいましたね。。。
これでトルコは一挙に渡航禁止地域にされてしまうのでしょか。
国境以外は普段と変わりないですけど。
先日国内のISとPKKを一斉取り締まりしましたから、
もしろ以前よりテロの可能性が減って安全?とも思いますけど。
つか、なんでもっと早くから厳しく取り締まりしないのかなとも思ってましたけど。

それはさておいて、
先日、耳の中でカサカサいう音が聞こえてきました。
唾を飲込んだり、あくびをしたりすると、
「カサカサッ」
という音がします。
何か動きがあるとするので、
物理的な要因だと思いました。
インターネットでいろいろ調べましたが、
「耳垢が溜まっている」
「虫が入っている」
「耳をかきすぎで鼓膜が傷ついている」
など、など、
いろいろなことが書いてあります。
聴力には異常がないように感じたので、
「髪の毛が入っちゃったのかしら~?」
3日しても治らないので、
怖くなって病院に行きました。

でもきっと大したことないと思い、
私立病院で診察料を払うのはイヤダ~
から、
友人にきいたバルタリマヌ国立病院の
分院外来を希望したら、
すぐに予約がとれたんですよ。
182番ですべての国立病院の予約が取れます。
トルコの保険SGKに入ってますから診察は無料です。
地下鉄Levent駅近くにある、
Baltalimanı Kemik Hastanesi Levent Semt Kliniği。

levent poli3

levent poli2

思ったよりすいてました。
ラマザンのせいかな。
新しいからキレイ。
受付でバーコードをもらって待っていると、
なんと予約時間より2分も前に順番が回ってきました!

順番が来ると
ドクターの部屋の前のモニターに、
名前が出るんですよ。
便利な世の中になりました。

levent poli1

耳鼻科のドクターは百戦錬磨とおぼしき、
白髪のベテラン。
耳鏡で耳を見てみましたがなんともないとのこと。
耳垢もなし。
そりゃそうです、ほとんど毎日のように耳掃除してますから。
わたしは耳掃除が大好き。

次に取り出したのは、
時代劇の十手のミニ版みたいな道具です。
その十手を自分の膝でチ~ンと打ってから、
わたしのみけんや耳の下にあてて、
「どっから音が聞こえる?」
ときくんです。

その結果、
「鼓膜の奥の管が詰まっっちょる!」
と言われました。
おそるおそる
「老化現象でしょうか~?」
ときくと、
「それは関係ない!」
とはっきりと言われ一安心。

鼻をつまんで「アップっプ―」する
体操?をしろと指導され、
点耳薬と点鼻薬、飲み薬も処方されました。
しかし、待ちきれずに帰りの道すがら、
2,3滴たらしてみましたら、
すぐ治っちゃったんです~!

levent poli4
右が点耳薬、真ん中が飲み薬、左が鼻スプレーです。
スプレーは鼻かぜのときもよく処方される炎症止めですね。
飲み薬も鼻を通す作用があるものです。

こんな簡単なことで治るのか。
やっぱ高い私立病院行かなくてよかった。

その後、スイスの山に行ってから耳が聞こえなくなったという
人につきそって病院に行きましたが、
その方の耳は鼓膜の奥に水が溜まっていました!
やはり鼓膜の奥の管が詰まっていて、
その管は鼻につながっている管なので
鼻から攻撃するといって、こちらでもIladinが処方されました。

そういえばうちの下の子も耳が痛いとかいって、
耳鼻科に駆け込むと、
必ずと言っていいほど鼻が詰まってます。

耳と鼻って、すごい密接な関係なんですね~

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おめでとう!アルダ!
打ち消し文ガラタサライが生んだ
Arda Turan-アルダ・トゥランが、
ついに世界にバルセロナの一員になりました!
これはすごいことですね!
arda

今までトルコ人でレアルのメスット・オズィルとか、
ボルシア・ドルトムントのヌーリ・シャーヒンとか、
有名クラブに入った人はいましたが、
みんなドイツ生まれのドイツ育ち。

古くは50年代のフェネルバフチェ伝説GK
レフテル・クチュックアンドンヤディスという
ビュユック・アダ出身のルムの選手が
フロレンティーナに、
(1958年のワールドカップメンバーでした!)
60年代ガラタサライ伝説の10番メティン・オクタイが
パレルモにいたことがありました。

もう10年以上も経ちましたけど、
2000年のUEFAカップ(当時はそういってましたね)
でガラタサライが優勝した直後は、
あのハーカン・シュキュルやエムレ、オカンが
セリエAのインテルに移籍し、
エムレはその後結構活躍してました。
彼らが「純粋トルコ産」で
海外で活躍した久々の世代かな。
以後あんまり上位クラブじゃないけど
行った人はいることはいましたけど、
パッとしないまま終わってましたね。

例外、トゥガイ・ケリムオウルという選手は、
グラスゴーレンジャーズの後ブラックバーン・ローバースで
9年プレーして、2009年に39歳で引退したMFでした。
自己管理がしっかりしていたので、この年齢まで
やってこれたんですね。落ち着いていて機転が利く
プレーぶりで、チームのまとめ役として慕われていました。
10年以上のプレーヤーでないと
引退試合してもらえないということでしたが、
最後の試合にはトゥガイのお面とトルコ国旗を持った
サポーターがつめかけたそうです。

アルダに話を戻しますけど、
彼はイスタンブルでもブルガリアや旧ユーゴからの
トルコ人移民が多い地区で生まれました。
彼の家族ももとはエディルネ出身。
8歳から地元クラブでプレーし、
12歳からガラタサライのジュニアユースに移籍、
16歳でAチームに抜擢されて、
スーパーリーグデビューを果たしました。
左サイドハーフが基本ですが、
右サイドやトップ下もこなす器用な人です。
なにしろボールの扱いが並はずれてうまい~
こちらのビデをを見てもらえればわかります!

https://www.youtube.com/watch?v=N7Xl5ywZ910

脚が短いのがかえってよいのかな?
ボールに吸い付くような脚の動きが名人芸ですね~

ガラタサライでめきめきと頭角を現し、
チャンピオンズリーグでも大活躍。
22歳でキャプテンになって、
10番を担うようになりました。

そして2010年にラ・リーガのアトレティコ・マドリッドに移籍!
以前にもラ・リーガには
GKのルシュトゥがバルサに移籍したことがありましたが、
いつもベンチを温めていて、全然出場でききず、
結局トルコに帰ってきたということがありました。
そうならなきゃいいな~と思っていましたが、
アルダは違いました!
すばらしいアシストと得点力でチームを
リーグ優勝のみならず、UEFAリーグ優勝へと導きました。
昨年などはチャンピオンズリーグでのセミファイナルで得点し、
チームの決勝戦出場に貢献しました。

今回バルサ移籍で地元バイラムパシャ市民は大喜び!
実家がある通りの名前も
「Arda Turan通り」と改名されるくらいの大騒ぎです~

自身が陶酔している
イエニスタイニエスタを超えられるプレーヤーになれるかな?
(いつも「イエニスタ」って間違えて言いそうになる)
今期の活躍が楽しみです! 

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オルタチギルが好き。
ortacgil1

先日かねがね行きたいと思っていた
Bülent Ortaçgilのコンサートに行ってきました。
私は20年来彼のファン。
本人も65歳と年季はいってます。
周りに好きな人が見つからず、
道連れいなくてなかなかコンサート
行けないんですよね。
さすがにひとりじゃね。
夜遅く始まるのもネック。
でももう子供置いていっちゃうもんね。

トルコのボブ・ディラン?みたいな彼は、
本当は化学エンジニア。
歌手とかシンガーソングライターとか、
そういうカテゴリーにはめられない、
現代の吟遊詩人です。

歌唱力といったら疑問ですけど、
語るような和みの歌い方です。
合間に聴かせる素朴なアコースティックギターの
美しいメロディーラインも魅力です。

ortacgil3

今回はBirsen Tezerという遅咲きの
実力派女性ボーカリストとと一緒のステージです。
伝統音楽出身だけど、ジャズもやる、
多彩な方です。

夏の風物詩、HarbiyeのCemil Topuzlu野外劇場です。

ortacgil2

なんか客の年齢層高い。

ほっとします~

ビュレント・オルタチギル氏は、
1971年に最初のレコードを発表しました。
それが、今でもCMソングに使われているこの曲。

「Yüzünü Dökme Küçük Kız‐顔をしかめないで、ちっちゃな女の子」

20年前、わたしはトルコの60-70年代の映画にはまっていて、
かたっぱしから観てたんですけど、
その中で「PisiPisi」という映画がありました。
今もう歳とっちゃってますけど、
Müjde Ar とKadir İnanırが主演で、
病気でどんどん子供に戻っていってしまう女の子の話。
その映画で使われていたのが、
今でも歌い継がれているこの歌です。
コンサートでも必ず歌います。

バンドの人たちの実力もすごいんですよ。
トルコ有数の名ギタリスト、
Gürol Ağırbaşのギターや
ドラムのソロコーナーがあって、
名人芸を披露してくれます。

もう誰かがUPしててくれてますね。


「Benimle Oynar mısın?‐ぼくと遊んでくれる?」
これをかけてると、下の娘が、
「Bu adam iyi kalpli adam, değil mi?
この人心がきれいな人だよね?」
と言います。
彼の人間的な魅力が歌う歌ににじみ出てくるんですね~

「ぼくが水だったら、火だったら、
空に浮かぶ太陽だったら、
しゃべれなかったら、
石だったら、
それでもぼくと遊んでくれる?
黙ってても、間違ってても、
口から出てくるひどい言葉だったとしても、
しゃべらないで、虜になってても、
それでもぼくと遊んでくれる?」


私の好きな新しめの曲。
「Hiçbir Zaman」
「きみ、お茶を火にかけてくれよ、
驚いたな、
この家はちょっと見馴れないところみたいだ。
そこに座れよ、
だれか音楽をかけてくれないかな。
でもそのあとは?
それか、もう2度とない。
だいたい言葉には鍵がかかっている。
話した、話した。すごく話した。
でも気づくと、まだなにも始めてなかった。
わかったけど、何も説明できてなかった。。。」


Sezen Aksuに多くの曲を提供した、
名編曲者,故Onno Tunçや、
数年前に亡くなった
やはり弾き語りの名手
Fikret Kızılokともアルバムを作っていました。
私の大好きなグループEzgi’nin Günlüğüの
ボーカリスト、Hüsnü Arkan、
独自の音楽性を持つグループBulutsuzluk Özlemi
民謡っぽいのもやるErkan Uğurとか、
去年だったか、亡くなりましたけど、
アラベスクの大御所Müslüm Gürsesにも
「Sensiz Olmaz」という大ヒットした曲を
提供していましたね。
こうしてみると亡くなった人ばっかりだな。

でも、若い子にも大人気のTeomanとも
コラボしています。Mor ve Ötesiもカバーしてます。

長い音楽生活の中ではブランクもありましたが、
ここのとこ、けっこう活動しています。

彼のような人には長生きして、
疲れている中年層をなごませてもらいたいな~

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