トルコ語翻訳家のイスタンブル暮らし
トルコ・イスタンブール生活22年目、反抗期真っ盛り上の娘、生まれてからずっと反抗期の下の娘をかかえる働く母の日々の出来事や感じたことを綴ります。
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トルコ生活22年目の二人子持ちの翻訳家・通訳の日常生活と旅行の記録です。トルコ民家研究がライフワークです。



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冬休み旅行⒉ ナズィッリ&アフロディスィアスへ!
afrodisias12


さて、旅行二日目は今回のメインイベントである
アフロディシアスに行きます!

私が立てた計画:
朝Nazilliに出発。
NazilliからArpaz村へ。
Arpaz・Beyler・Konagiとロドス島から連れてきたという
職人による、中世カトリック的な塔を見学。
Nazilliへ戻って木曜市場で地方の食品お買い物。
Afrodisias古代都市を見学。
帰途へつく。

これら公共機関で行こうとすると、ちと無理があることが判明しました。
当初はデニズリからナズィッリまで電車で行って、あとは路線バスで、
と、思っていましたが、そのミニバスが1時間に1本しかない。
アフロディシアスなんて、ミニバス乗り継ぎです。
日がくれるまでに回れなさそうなので、
あきらめて、空港バスの会社から専用バスをチャーターしました。

朝ホテル迎えに来てもらって、いざ出発!
朝もやというか、ものすごい霧ですけど、大丈夫でしょか。
運転手さんは慣れた様子。

まずはArpaz村へ直行です。
Nazilliから30分くらいで着くはず。
この村は今はEsen Köy と呼ばれています。
アルパズというのは、オスマン時代、
この一帯に勢力を伸ばしていた一族の名前です。
ファーティフ・スルタン・メフメットの宰相だった、
ゲディック・アフメット・パシャが先祖とも言われ、
彼の息子がベヤズィット二世にスィパーヒー(在郷騎士)
としてこのメンデレス川周辺に任命されてきたのが
この一族の始まりらしいです。
18世紀にスルタンの怒りに触れた一族のハジ・ハサン・ベイが
ロドス島に流刑になり、
ほとぼりが冷めて帰ってくる時に
建築職人を連れて帰り、
作らせたのがこの城塞なのだそうです。

nazilli7

nazilli5

トルコっぽくない、中世のラテン世界のような建築ですね。
ロドス島の騎士団の城塞にも、こんな丸い塔がついています。

そのお隣の邸宅。

nazilli6

Arpaz Beyler・Konagi と呼ばれています。
Beylerというのは、その土地の地主や名士です。
残念ながら中には入れませんでしたが、
天井の装飾などからしても、
かなり立派で広い邸宅だったことがうかがわれます。

しかし村には誰もいない。
村に1件しかないかもしれないバッカルで菓子を買って、
男性がたむろする、村で唯一のカフヴェを尻目に、
ナズィッリへ向かいます。
nazilli14

ナズィッリは人口15万人ほどの、Aydın県の一郡ですが、
トルコ一長寿の郡なんです。
その秘訣は新鮮な農産物でしょうか。

nazilli pazar2

11時ごろになると市場は大盛況です。
人口15万人だからちょっとした都会ですから、
それなりのにぎわいを見せています。

nazilli12

女性たちが付近の村から様々な農産物を持って来ています。

nazilli7

乾燥とうがらし、乾燥ナス(これを煮るとダシが出ます!)
ドルマ用のもあります。
nazilli11

名産物のオリーブ
nazilli2

干しイチジク。オスマン時代からの特産物です。
nazilli pazar1

こう言った農産物をイズミル港へ運ぶため、
オスマン朝末期に鉄道が敷設されたのです。
これらはオスマン朝にとって重要な輸出品でした。

こちらはこの市場の名物?のクルミ入りのお菓子。
cevizli sucukです。
nazilli5

cevizli sucuk と言えば、ひもに通したクルミを
果物を煮詰めたシロップ、ペクメズ入りの葛湯に浸し、
乾かしてはまた浸し、ということを繰り返して
作りますが、ここのはペクメズが入っていないので、
白い色をしています。
これを売って3人の子供を育てたというおじさんです。
(年下だったりして)

エーゲ海地方の菓子パン、Boyoz。
隣の甘食みたいのはケーキで、
トルコにしては甘くなくて軽い!
nazilli8

主に乾燥ものの農産物をしこたま仕入れた後、
昼食を取ります。

sucuk売りの叔父さんオススメの市場の入口にあるロカンタ。
Seyirdir lokantası.
昔ながらの風情ですね。
nazilli9

ナズィッリはピデが美味しいときいて、
さっそく注文。
しかし大きくて食べ切れません。。。
テイクアウトです。
nazilli10

さて、この日のメインイベント、アフロディシアスへむかいます。
karacasu村方向へ曲がって約30分ほど走ります。
カラジャス村は陶器作りが盛んなようです。
路線バスで行っていたら、ここからさらに乗り換えねばならなかった。
afrodisias1

遺跡入口に来ましたが、
駐車場からこんなトラクター車が入口まで連れてってくれました!
afrodisias2

müze kartıでフリー通過して、遺跡内へ。
長年来たいと思っていた遺跡へいよいよ入ります。

紀元前 2世紀から都市文明があったというこのアフロディシアスは、
エーゲ地方の他の古代都市と同様、
紀元後2世紀のパックス・ロマーナの時代に栄えました。
ローマ帝国の各地に彫刻を輸出していたので、
数多くの彫刻家が集まるアトリエがあったそうです。

afrodisias3
こちらはsebastion.
キリスト教が受け入れられる前は、
皇帝を神格化していたので、
こちらはその神殿だったということです。

afrodisias4
フリーズが積み重ねられてズラリと並んでいます。
すごい数ですね!
なにしろよく残ってます。

afrodisias5
大劇場。
2世紀以前のものですから、斜面を利用してつくられています。
それ以降のものは、平地にいきなり建てる技術が発達し、
アンタルヤのアスペンドスの劇場のようなものができてきます。

テルマエ・ロマエですね~
大浴場です。
afrodisias6


afro2
こちらがアフロディスィアスを一躍有名にした、
252 m x 50 mの大競技場です。3万人も収容できたとか!
本当によく保存されていますね。

afrodisias11

こちらも古代神殿跡。
アフロディスィアスというと、
美の女神アフロディーテを思い浮かべますが、
ここではアフロディーテ信仰以前の、土着の豊饒の女神、
キベレがまつられていたようです。

afrodisias10

こちらは併設の博物館にあるキベレ像の東部。

afrodisias8
儀式のときにつかっていたという立派な門です。

この門の近くに、
1959年からアフロディスィアス遺跡発掘を生涯に渡って手がけていた、
ケナン・エリム教授のお墓があります。
afrodisias9

初めてここを訪れたとき、
生涯をかける価値がある場所に巡り合ったと感じたそうです。
教授は1990年に亡くなるまで、
この遺跡の発掘に尽力しました。

広大な敷地をくまなく回って、
わたしも子供たちも大満足。
堪能しまくりました。
古代都市というと、Efesが有名ですが、
こちらも一見の価値ありです。
私たちはナズィッリと合わせたんで自力で行けませんでしたが、
一日にアフロディスィアスしか行かないなら、ミニバスでも十分行かれると思います。

時間がある旅行者には、行かれることをオススメします。


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