トルコ語翻訳家のイスタンブル暮らし
トルコ・イスタンブール生活22年目、反抗期真っ盛り上の娘、生まれてからずっと反抗期の下の娘をかかえる働く母の日々の出来事や感じたことを綴ります。
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トルコ生活22年目の二人子持ちの翻訳家・通訳の日常生活と旅行の記録です。トルコ民家研究がライフワークです。



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イスタンブルからちょっと足をのばして~YALOVA2・温泉街
さて、次はヤロヴァの温泉街です。

一度IDOの船着場に戻ってTermal行きのミニバスに乗り換えます。

するとこんな風に小川が流れている温泉街に到着です。

hamam2
川に沿ってハマムが何軒もあり、
ハマム独特のドーム状の屋根が連なる、
ユニークな景観を創り出しています。
温泉街の少し下には町があって、
そこには何軒もホテルやペンションがあります。

hamam1

こちらがヤロヴァの老舗ホテル、Yalova Termal Otelです。
1938年にアタテュルクの命で建てられた、由緒あるホテルです。
同じ経営で奥にÇınar Hotelというのもあります。
1938年と言えばアタテュルクが亡くなった年ですね。
アタは自分の病気が肝硬変だとわかる前は、
ヤロヴァで療養していたのでした。
termal oteli

こちらはホテルの隣にある温泉プールです。
ホテルの宿泊者は料金に利用料が入っているようです。
外からでも料金を払えば利用できます。
その他のハマムもホテル宿泊者は1日2回まで利用できるところがありました。
havuz
よく昔のコメディー映画などの舞台になっていました。

温泉街の中にはアタテュルクのキョシュクもあります。

köşk1

1929年に、トルコの近代建築の第一人者である建築家、
セダット・ハック・エルデムSedat Hakki Erdem氏によって、
たったの38日間という短期間で建てられたそうです。
アタはドルマバフチェ宮殿で亡くなる前、
このキョシュクで療養していました。
トルコ語がわかる方は、詳しくはCan Dündar氏の手がけた名作ビデオと本、
「 Sarı Zeybek」を参照してください。アタの最期の日々が描かれています。

写真撮影はだめと言われたので、玄関ホールしか撮れませんでした。
köşk2

さて、フェリーの時間に合わせてIDOの船着場に帰ると、
なんと強風のために欠航になっていました!
しかたないので、高速船ではない普通のカーフェリーに乗るため、
またTopcular方面に引き返しました。
対岸のGebze、Eskihisarに渡ったのはいいですが、
そこからGebzeまでミニバスでかなりありました。
さらにはGabzeからE5を通るミニバスに乗ったのですが、
Kozyatagiまでぐるぐる回ってそこだけで1時間半くらいかかってしまい、
そこからヨーロッパ側の自宅まで帰ったので、
なんと合計4時間もかかってしまいました。
ぐったりです。
フェリーは便利ですが、欠航に注意です!

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