トルコ語翻訳家のイスタンブル暮らし
トルコ・イスタンブール生活22年目、反抗期真っ盛り上の娘、生まれてからずっと反抗期の下の娘をかかえる働く母の日々の出来事や感じたことを綴ります。
プロフィール

masalgibi

Author:masalgibi
トルコ生活22年目の二人子持ちの翻訳家・通訳の日常生活と旅行の記録です。トルコ民家研究がライフワークです。



最新記事



月別アーカイブ



カテゴリ



最新コメント



最新トラックバック



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



フリーエリア



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


宿題にも役立つ「チャナッカレ展」 at エミノニュ
バザーの買出しに久々にエミノニュに行ったら、
エジプシャンバザールの前広場でこんなのをやっていました。

 canakkale sergisi1

出張「チャナッカレ博物館展」です。

そういえばもうすぐチャナッカレ戦争の陸上戦の記念日ですね。
先月18日は海上戦の記念日でした。
ちなみにチャナッカレにある国立大学は3月18日大学といって、
日本語教師養成科があります。

第一次世界大戦のトルコが戦場となったチャナッカレ戦争は、
1915-1916年に行われ、オスマン朝側の死者77000人、
イギリス、フランスからなる協商国側も50000人近くの死者を
出した、犠牲の多い戦争でした。

チャナッカレのゲリボル半島で繰り広げられた戦闘は、
主に銃刀での突き合いで、オスマン軍は敵軍一人に対して
1.5から2人の兵を当てて、敵軍の侵入を防いだ形になります。

敵味方入り乱れての熾烈な戦闘は、
こんなに多くの銃弾のからもわかります

canakkale sergisi8

会場は移動式なので暗くてすみません。。。

今でもゲリボル半島の土を掘るとこういうのが出てくるそうです。

canakkale sergisi5
こんな風に固まってしまっています。

canakkale sergisi4
イギリス軍とオスマン軍のボタンが入り乱れて発見されています。
それほど接近して戦ったということです。
三日月と星の模様がオスマン軍のものです。

canakkale sergisi6
イギリス軍のは金属、木のスプーンがオスマン軍のです。
スープが出ていた頃はまだましだったようですが。。。
オスマン軍は食糧難にも悩まされていたようです。

canakkale sergisi7
 当時の将校たちや、塹壕の様子です。
兵士たちはほとんどの時間を塹壕で過ごしていたようです。

まるで自分も塹壕にいたかのような
詳しい描写でチャナッカレの戦闘のことを描いている
Louis de Bernieresの「Bierds without wings]
という小説を読むとよくわかります。
トルコ語版もあったと思います。
おススメです。

塹壕で敵とにらみ合っているときは、向こうからチョコレートや
コンビーフが投げられてきたりと、戦闘以外には交流もあったようです。

canakkale sergisi3
これが海上戦で真夜中に決死の覚悟で魚雷を設置したNusret号です。
今はメルスィンのタルススで展示されています。
この魚雷のおかげで協商国の軍艦は次々沈没しました。

canakkale sergisi2

こんなおじいさんの話も。
アダパザル出身のミュミン伍長は7年も兵役についていて、銃刀で怪我をしたり、大砲が部隊に当たって爆発したりと大変な目にあいながらも生き延び、ある日アダパザルに帰ってくると、皆驚きました。
戦死の知らせを受けていたからです。戦後恩給の需給を拒否し、メダルだけで十分。1974年に亡くなるまで孫たちにチャナッカレでの勇敢な戦いぶりを方って聞かせていたそうです。

その他新婚の夫の帰りを死ぬまで待っていたおばあさんの話など、
泣かせる逸話が盛りだくさんです。

ちなみにトルコの8年生の社会科は「革命の歴史」と「国民の義務」です。
この革命の歴史の宿題にはチャナッカレ戦争や、祖国解放戦争のことが
よく出ます~
インターネットからの情報だけでなく、このように生で見たものとかも
盛り込むと点数アップ間違いなし。

この展示は7日までだそうです。興味のある人は急いでください。

トルコ文部省発行の教科書は文章ダラダラ長くてわかりにくい。
塾の本のほうがわかりやすいので引用しますと、
チャナッカレ戦争でのオスマン軍勝利の結果

-第一次大戦が長引き、広範囲に広がった
-50万人近くの人が亡くなった
ー司令官だったムスタファ・ケマル(後のアタテュルク)の
軍人として、またリーダーとしての能力が世間に知らされた
ーロシアに兵力の補給などができなかったため、
ロシア革命が進行した
となっています。

中でもアタテュルクの活躍が重要ですね!
ここで名が知られなかったら、解放戦争でも
「あんた、誰?」状態になってしまったでしょうから。

チャナッカレで勝っても結局
オスマン朝は第一次大戦の敗戦国になってしまいます。

そこからがアタ様の活躍どきですね。
いつか解放戦争前線ツアーをやってみたいです。


ブログランキングに参加しています。
にほんブログ村 海外生活ブログ トルコ情報へ

blogranking

Facebook:origami keyfi japonca tercüme ve kültür sanat
スポンサーサイト

テーマ:トルコ - ジャンル:海外情報


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック URL
http://masalgibi.blog.fc2.com/tb.php/53-095125fe



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。