トルコ語翻訳家のイスタンブル暮らし
トルコ・イスタンブール生活22年目、反抗期真っ盛り上の娘、生まれてからずっと反抗期の下の娘をかかえる働く母の日々の出来事や感じたことを綴ります。
プロフィール

masalgibi

Author:masalgibi
トルコ生活22年目の二人子持ちの翻訳家・通訳の日常生活と旅行の記録です。トルコ民家研究がライフワークです。



最新記事



月別アーカイブ



カテゴリ



最新コメント



最新トラックバック



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



フリーエリア



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


安倍首相アンカラ訪問にかこつけてプチアンカラ観光
ここのところ激務に追われて
ブログをぜんぜん更新できませんでした。

フラフラのところ、安倍首相訪土です。
私も取材陣の付き添いをすることに。。。

あんまり下の子を放っておくと
あとで荒れて復讐されるのでこわいです。

さて~、朝6時の飛行機でアンカラに行くので
4時半に自宅出発。フラフラです。

アンカラで首相や経団連のビジネスマン、取材陣が
泊まっているのはヒルトンですが、
私は別のもっと安いホテルに泊まらされるので
アンカラの一方通行地獄に陥りながら
ヒルトンにたどり着いて取材陣と合流。

まずは安倍首相が献花することになっている
アタテュルク廟・Anıtkabirへ。

anit1

5月はじめだというのに強い日差しに地面の照り返しがきつい~
当時コンペで選ばれたEmin Onat氏の神殿をイメージした霊廟です。
ここまでにはライオンの像が並ぶ参堂を通ってきます。


anit3
このシンボリックな棺の7m下に
保存されている遺体が安置されています。
天井にはアナトリアの伝統文様モザイクが。

中は最近整備されて、詳しい解放戦争の展示がありました。
残念ながら撮影禁止。

アタ・グッズ売り場ではレアなお土産も買えます。
miyage
アタと国民制、チャナッカレ戦争などの漫画、
アタ・コーヒーカップ
その他熱いお茶を淹れるとアタの写真を浮かび上がるマグカップ、
アタ・ネクタイ、アタ・ネクタイピン
などなど。

それからまちを一望するため、アンカラ城へ。

anit4
これはアンカラ城の城壁入り口すぐ向かいにある、
DIVANレストランですが、
トルコ1の財閥、コチ財閥の一代目が
最初にバッカル(食料雑貨店)を始めた場所です。
今はコチ財閥経営のDIVANレストランになっていました。

ankara kaleici
城壁の中は情緒あふれる木造民家が。
修復されてきれいになっていました。
2階以降の張り出しの下が何段にもなった支柱に
支えられている「bindirme」がアンカラ民家の特徴です。
リーズナブルなおみやげ物やさんが並んでいます。

炎天下、城砦の上まで上るとこんな眺めです。
kale

再び城壁の外へ出て、運転手お勧めのケバブ屋へ。
出口出てすぐ左です。

kebapci
Meydan Piknikというんですが
なぜかアンカラにはPiknikと付く店が多い!
まちなかでも何件も見ました。

これが名物アンカラ・ケバブです~
ankara kebabi
ドネル・ケバブなんですが、どうも羊だけのようで、
それがアンカラ風だとか。
脂っこいけど自然な塩味と肉の香ばしさがよくマッチしています。
ケバブのお供はもちろんアイラン。
最近雪印で日本でも発売されたのに、
取材陣はひとりも知りませんでした。。。

さて~安倍首相とエルドアン首相の会談や、
奥様のアンカラ大学、市街地訪問などがあった3日は
わたしはプレスセンターで待機なので
激ヒマでした。
みなさんは大使館が用意した車で各訪問先へ集団移送。
いちいち帰ってきて、画像を編集の人に渡し、
また出かける、の繰り返しです。
けっこうトルコメディアがきていて、
カメラの場所取りも争奪戦のもよう。

首相がアンカラを去るのが夜9時なので、
ヒマでもしょうがなくその時間まで待機です。

首脳会談では原発の建設の日本への優先権や、
オリンピックに関することが話されました。
注目は先日の猪瀬知事の失言の始末。
安倍首相は「もしトルコに決まったら真っ先にお祝いを」
と、猪瀬氏の尻拭い。でもエルドアン首相は
「あんたもう一回やってるし、原発やるんだから、
オリンピックはうちということで、取りやめたら?」
と追い討ちをかけていました。


さて~やっと首相帰って、夜はKızlayの Karanfil通りに。
本当はもうちょっとアッパーな
ホテルから近いÇankayaの Bestekar通りのバー街に行こうと
していましたが、ご一行は前の日の夜にすでに行かれた模様。
いけてないけど、予算的にもクズライしかないということでの
チョイス。
他にもいけてるところがあるかもしれませんが、アンカラ在住の
友人も大学関係者なので、今日の奥様訪問の激務で撃沈のもよう、
電話に出ないのできけませんでした。

カランフィル通りで一番賑わっている店・Koliba Cafeという
ところでビールを飲んで帰りました。生演奏で盛り上がってました。

さて、4日は帰るだけですが、昼過ぎのフライトなので、
ご一行を(私の趣味で)解放戦争博物館へ。
ご一行はぜんぜん興味ない様子で、
次に行くショッピングセンターのことで頭がいっぱい。

kurtulus muzesi2
地方から小学生の団体がわんさか来ていました。
またもや中は撮影禁止。
アタが最初に議会を開いた記念碑的な建物ですよ。
もとは1915年にときの戦争大臣エンヴェル・パシャが建てさせた
建物でした。とがったアーチ型の窓や支柱のついた深い軒が
典型的な「国民建築」です。
エンヴェル・パシャは第一次世界大戦の
敗戦責任者とされて亡命してしまいました。

ankara palasこのあたりUlus地区は、
解放戦争から共和国成立当時
アタが建築をすすめた地区なので、
当時の「国民建築」の宝庫です。
たとえばこれは20リラ札にものっている
建築家KemaleddinBeyが建てたAnkaraPalas。
玉ねぎ型の屋根は彼の特徴で、イスタンブルの
エミノニュ地区にもありますね。

さて、ご一行はその後Konya道上にあるミグロスの
ショッピングセンターへ。ここは5Mのミグロスがあって
大きかったです~

いつか「アタの軌跡を訪ねて」ツアーしたいです。
アタテュルク農場とか、遺体が最初安置されていた
民俗学博物館、はたまたエスキシェヒルの前線のほうまで
足を伸ばして。

ブログランキングに参加しています。
にほんブログ村 海外生活ブログ トルコ情報へ

blogranking

Facebook:origami keyfi japonca tercüme ve kültür sanat
スポンサーサイト

テーマ:トルコ - ジャンル:海外情報


コメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
[2013/11/26 03:56] URL | 職務経歴書の書き方の見本 #- [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック URL
http://masalgibi.blog.fc2.com/tb.php/55-51acb209



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。