トルコ語翻訳家のイスタンブル暮らし
トルコ・イスタンブール生活22年目、反抗期真っ盛り上の娘、生まれてからずっと反抗期の下の娘をかかえる働く母の日々の出来事や感じたことを綴ります。
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トルコ生活22年目の二人子持ちの翻訳家・通訳の日常生活と旅行の記録です。トルコ民家研究がライフワークです。



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ピラーキ天国
トルコは夏休みに入りましたが、
全然暑くありません。
海に行くような気分ではないですけど、
下の子はとりあえず水泳教室に行っています。
上の子は国際交流組織のボランティアに通っていて、
とりあえず今は家でゴロゴロする子供を見てイラつくこともなく、
平穏な日々。

夏のごはんと言えば、
私にとってはピラーキ‐Pilakiとジャジュック‐Cacık
ジャジュックはヨーグルトの中に
きゅうりの細かい千切りが入ってるやつ。
ピラーキというのはトルコ語英語辞書でひくと、
kind of stew with onion oil and vegetables or fish
となってますけど、
ピラーキの代表はインゲン豆です。
赤っぽいBarbunyaという豆のもポピュラー。
名前からしてルム(昔はけっこういたギリシャ系住民)
の料理だったらしいです。

日本でも簡単にできるし、
冷蔵庫で保存できて、
ビールやワインのつまみにもよいです。
(そういえばラマダンも始まりましたね。。。)
ので、ここでご紹介。

材料はこれだけ。
pilaki1

オリジナル・レシピではKereviz、
セロリの根を入れるんですけど、
それって冬野菜だし、日本では手に入らないと思うので
省きます。
あと、昔のオリジナルレシピはトマト入れませんが、
最近はトマト煮の冷製もピラーキと言っている。

インゲン豆コップ2杯分くらいを
前の晩から水に浸しておきます。
調理前に2,30分下茹でしておきます。

玉ねぎ中1個とにんにくの量は適当だけど
多めがおいしいので半玉くらい入れちゃいます。
みじん切りにしてたっぷりめのオリーブオイルで炒めます。

にんじん(これも冬野菜なんですけど、
彩のためにしょうがなく入れます)とじゃがいもを
サイコロ状に切って加え、軽く炒めます。

pilaki3


pilaki4

そこに下茹でしたインゲン豆を加え、
ひたひたよりちょっと上くらいの線まで水を入れます。
塩も加えます。
オリジナルレシピではここでレモン汁も入れろとあるけど、
もうちょっと後から加えたほうがレモンの風味が生きます。
それからコショウも入れるレジピもありますけど、
わたしは入れないほうが冷製には合っていると思います。

さて、材料が柔らかくなるまで弱火-中火の中間くらいで
煮ますけど、
注意しなくてはならないのは、
豆が柔らかくなりすぎないことです。
茹ですぎると、ぐちゃぐちゃになって、
夏に求めるスッキリ感が失われます。
後で加えるセイヨウパセリ‐Maydanosや
デイル‐Dereotuも呑まれてしまう。

出来上がったら冷めるのを待って、
冷蔵庫でさらに冷やします。
このとき油っ気が少なそうだったら、
ヴァージンオリーブオイルを足してもよし。
ちょっとギトッとしてるくらいが美味。

冷えたらみじん切りにしたMaydanosとDereotuを混ぜ、
盛り付けで上にも散らします。
MaydanosやDereotuは嫌いな人もいますけど、
これなかったら、ただの水煮って感じ。

pilaki6

ちなみにトマト入れるバージョンで、
いろんな野菜でピラーキします。
簡単で保存で来て美味。

写真のように、
ペッパーやズッキーニ、ナスでつくってもおいしいです!

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テーマ:トルコ - ジャンル:海外情報


オヤジ食堂が好き
konak5

やっとひと段落して、
ベイオウルをプラプラしました。
友人のお客さんにお付き合いです。
上のは友人のパノラマ写真。ちと天気が悪いのが残念ですけど。

なんか久しぶりです〜

久々にオヤジ食堂に行きました。
sahin3

Asmalımescitの手前にある細い路地にあるŞahin Lokantası.

50年近くやっている、
昔ながらのEsnaf Lokantasiー商店街食堂です。
オーナーはTunceli出身のİsmail Şahin氏。
オスマン時代から名調理師を輩出していることで知られる
Bolu県のmengen出身のシェフが30年以上腕をふるっています。

sahin4

お昼になるといっぱいになっちゃうから早めに行きます。
同じ通りにイスタンブル弁護士会があるので、
弁護士のお客さんも多い。
お昼前でも下の階はいっぱいだから、上の階へ。

sahin1

メニューは日替わりですけど、だいたい一緒。
壁に書いてあります。
見て選んでもOK.

お勘定も自己申告制。
最近だとツーリストの客もいるので、
書いて持って来てくれることもあります。

夏だとナス料理のKarnıyarıkや、
モロッコインゲンTazefasulye,
アーティチョークEnginar
など。
esnaf lokantası ならではの、
家庭ではなかなか再現できない
子羊の煮込みkuzu haşlamaもオススメ。

sahin2

これだけ食べても3人分(以上?)48TL!
ほんと、気取っててお高い店に行くのがバカバカしくなります。

2時か3時にはすべての料理が終わってしまい、
夕方はもう閉まってしまうので注意。
日曜日もやってません。

たらふく食べたあとはコーヒーをー。
Şahinを出るとすぐトルココーヒーやさんがあります。
熱した砂で沸かしています。
この界隈、裏路地に炭火沸かしのコーヒーやさんがけっこうあります。

kahve1

kahve2

カップもかわいい。

次はガラタ塔近くの眺めのいいカフェkonakへ。
この辺りにはこんなテラスカフェがたくさんあります。
昼間もいいけど、夕方とかもいいんだよね。
お客さんとか連れてくるとみんな感動します。
トプカプ宮殿やガラタ橋、スレイマニエが一望できます。
konak3

konak1
すぐ後ろにはガラタ塔が!
天気悪い&逆光でいまひとつよく映ってませんけど。
ガラタ塔が行列では入れないならここで十分景色楽しめます。

konak2
さっきの食堂に比べると高く感じますけど、
景色代だから、アイスクリームに15tl払います
でも5玉以上入ってる。すごいボリュームです。

やっぱり街歩きにはショッピングセンターにはない
醍醐味がありますね!


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テーマ:トルコ - ジャンル:海外情報


2015トルコ総選挙、新しい時代の到来???
またまたすっかりご無沙汰してしまいました。
なんか書かなくなることが普通になってしまった。
仕事だけではなく家事や子育てにも追われているので。。。

それに、いろいろ書きたいことがあったのですが、
これまではうっかりしたことを書くと
何かされそうという怖さがありました。
90年代、PKKが猛威を振るっていた時代に
クルド人の肩を持つようなことを書くと、
しょっぴかれていた時代を彷彿とさせていました。

しかし今回の選挙の結果で、普通に戻れそうかな?
投票率85%と、
国民の関心が非常に高かったことがわかります。

トルコ全体では

AKP: 40.9% 258議席
CHP: 25% 132議席
MHP: 16.3% 80議席
HDP: 13.1% 80議席

と、議会は4党体制になりました。
AKPは258議席と過半数を超えず、
エルドアン大統領が主張している
トルコを大統領制するために行わなければならない
憲法改正に必要な過半数の議席を得られませんでした。

やはりここ数年で激しくなってきている、
大統領の攻撃的で抑圧的な恐怖政治が
よく思われなかったのでしょう。
だいたい無所属であるはずの大統領が
政治ばかりか司法もで操っている状態ってのは
どうなんでしょか。

2011年の前回の選挙からの変化は以下の通り。
    2011年  2015年
AKP 49.8%   40.9%  ‐8.9%
CHP 26.0%   25%   ‐1%
MHP 13%    16.3%  +3.3%
HDP 5.9% 13.1% +7.2%

AKPはアンカラ以外の県では前回を上回る票を集められず、
どの県でも支持を下げました。
特に南東部や東部では20%近くの票がHDPに流れました。
HDPはイスタンブルやイズミルなどの大都市でも、
AKPから票を奪いました。

secim5
地方別、AKPの集票数変化

secim1
地方別、HDPの集票数変化

今回の選挙は、クルド人を代表していたHDPが
全国平均で10%以上の票を集めて、
単独で議席を獲得できるかどうかが注目されていました。

ご存じない方に説明しますと、
トルコでは局地的にどんなに票を集めても、
全国平均で10%を超えないと議席がないという
制限があるのです。
10%を下回った場合は、せっかくの票も他の10%を超えた党に
わりふられてしまいます。
このため、2011年の総選挙では
現HDP議員たちは無所属で出馬していました。
無所属の場合は立候補した地区のみの票が数えられるからです。

今回初めて政党として、
どの党とも組まずに単独で参加したHDPです。

HDPは90年代にテロ活動を激化させた、
クルド人労働党PKKと関係を持つ、
2012年に結成された
政治的組織であるわけですが、
昨年もうひとつのクルド系政党BDPを合併し、
パワーアップしました。

党首のセラハッティン・デミルタシュ氏は、
1973年生まれでまだ42歳と大変若い。
アンカラ大学法学部卒の弁護士で、
「insan hakları derneği人権協会」での幹部を
務めていたこともあります。

PKKの長、オジャランが逮捕され、
イムラル島に拘束されてからは、
PKKの武装放棄を進めるため、
オジャランと連絡をとっていました。

PKKが奪った命の数は3万5千人とも言われ、
彼らのしたことは
決して許されることではありません。

しかしこのHDPのように、
武力ではなく、
政治的にクルド人の権利を守ろうという政党を認めなければ、
先に進むことはできないのではないでしょうか。

さらにはこのHDPは今、
クルド人だけではなく、
トルコで権利を主張できなかった弱者全体に
スポットを当てようとしています。

女性議員が80人の議員中38人と、
他の3党よりも群を抜いて多く、
アルメニア人やスルヤニ、
(日本ではシリア正教と呼ばれるキリスト教の一派)
スカーフをかぶった保守派の議員もいます。

secim3
HDPは党首をふたりにしています。
開票後に記者会見をするデミルタシュ氏と、もうひとりの党首、女性のユクセックダー氏。

選挙運動では「クルド人の党」という
イメージを一切出さず、
民族を超えた左派政党への
脱皮を図っていたように思います。

ミーティングに集まった支持者の中には、
トルコ国旗を掲げている人も出てきました。
いままででは有り得なかったことです。
これまではクルドを象徴する旗が
ひるがえっていましたから。

クルド人国民の中でも
何かが変化してきているのかな、
と思いました。

それと同時に、
クルド人以外の国民にも
変化が訪れているように思います。

デミルタシュ氏は開票直後に行ったスピーチで、
「預かり票があることはわかっています。
この票をくれた人々のことを忘れません」
と言っていました。
「預かり票」というのは、
10%を超えるために
最大野党であるCHPの支持者がHDPに入れた票のことです。

以前ではクルド人以外が
親クルド党に投票するなどということは、
考えられないことでした。

デミルタシュ氏の言葉を借りると、
HDPはクルド人の利益だけを考える党ではなく、
「トルコの政党」になったのかもしれません。

最初HDPを「PKKの延長」と考えていた人々も、
本当の和平のために彼らの力を必要としているのです。

さて、選挙が終わって各党の議席数が決まっても、
これから組閣作業が残っています。
AKPが単独政権をとるのに議席数が足りない限り、
政権にいたければどかかの党と連立しなければなりません。

HDPは最初からAKPとはやらないと言っています。
その他の党がどう出るか注目されています。

選挙前、AKPを倒すために
秘密の協力をしていた3党ですから、
選挙後も3党連立したらどうなのかなと思いますが、
トルコ民族主義を掲げるMHPはHDPと協力を拒否しています。
(オジャランの姪が当選していたりするから。。。
わたしも彼女を出すのはどうかと思いますけど)
それにしても3党連立どころか
2党連立でも長続きした試しがない。
昔の苦い記憶がよみがえってきます。。。

45日以内に組閣できなければ、
また選挙になってしまいます。

そうならないように、
イデオロギーは横に置いておいて、
実質的な協力体制をとってもらいたいな。

そうじゃないと、逆戻りかな。

しかし、2年前のGeziの抗議デモ以降、
トルコ語の言い回しで言うと
「もう矢は放たれた」
状態ではないのかなと思います。
あのときにデモに参加した若者たちは、
今有権者になっています。

AKPはエルドアン大統領が
自由にリモコン操作できる
機械であることをやめなければ、
後退は免れない。

AKPも岐路に立たされているんですね。
でも本人たちはわかってるのかな???


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テーマ:トルコ - ジャンル:海外情報


次々とワタシを襲う病魔!その後
とても久々ですね、みなさん。
例の日土合作映画「海難1890」の手伝いをしていたのと、
その間できなかった用を済ましていたら、
こんなに時間が経ってしまいました。
合間に造船所での仕事もあったし~
映画はトルコでは11月、日本では12月公開ですから、
みなさん見てくださいね!

さて、例の逆流性食道炎です。
3ヶ月後に来てと言われたのに、
5か月も経ってしまいました。

逆流性食道炎はだいぶよくなってきましたが、
まだ時々上がってくる感じがします。

処方されていた不味い薬は
アルミニウムが入っていて、
長く服用すると、
アルツハイマーの原因になるときいて、
ビビったので3ヶ月でやめました。
そういえば、最近人の名前が覚えられない???

もう一度胃カメラです。

トルコでは鎮静剤打って眠らせてやります。
ドラマなんかで半狂乱になった人に
打つととたんに眠ってしまうあれですね。

あっと言う間に終わって、
眠りから覚めた朦朧としているときに、
「この前表皮異変ぽかったから、
組織検査に回しておいた」
と言われてビクビクです。。。

これが前回の結果。
biyopsi1
2か所も「Deforme」となっていました。
「変形」って治るんでしょうか~???

映画撮影の休みの日に結果をききに行きました。
「慢性胃炎があるが、明確な表皮異変は認められなかった」
で、ホ〜です。
「変形」も治っていました!!!
しかし、

「少量のピロリ菌の存在」
です!
またか〜
biyopsi2

ピロリ菌、みんなもってるらしいですけど、
何か症状が出ていたら、退治せねばならないらしいです。

それでまた抗生物質漬けです。。。

pilori ilac

真ん中のは胃を保護する薬。
これを2週間飲みます。
とるこの薬は粒が大きくて、
飲み込むのに難儀します。

さて、胃腸科行ったら次は皮膚科です。
撮影の間に、ほっぺたがおてもやんみたいに
赤くなってしまいました!
しかもなんかかゆい~

恐れてすぐに皮膚科にも行ってしまいました。
Türkiye Hastanesiには長年勤めている百戦錬磨の医者が何人もいるから安心。
私がいつも世話になっているのは
Metin先生です。
最近はDr/Metinアンチエージングクリームとかいうのも
プロデュースしている模様。

虫眼鏡で患部をよーく見るんですよ。
「うーん、太陽にあたったかな~?
アレルギーかな~」
とつぶやいています。
太陽にあたった覚えはないんですけど、
何しろ最近はめっきり身体が弱ってちょっとしたことで
やられてしまいます。

cilt ilac
とりあえず低濃度のステロイド剤と抗ヒスタミン薬を処方されました。
ステロイドの使用期間は最長で1週間。

でも2日で治っちゃったんですよ。
なんでもっと早く行かなかったんかな。
撮影始まる前からなんかかゆかったのに。

そうこうしているうちにピロリ菌退治の薬も飲み終わりました。

でもRefik先生が胃カメラじゃない日にいつも仕事が入って
行かれない~
週2日胃カメラ室に入っているので、それ以外の日じゃないと会えません。
ピロリ菌退治できたかどうか、検便してもらわないと。
朝いちばんじゃないと、
人間大便を好きな時に出せませんよね???
いつも医者の検査用紙をもらう前に自分でとってもってっちゃったりします。
だって病院で好きな時間に出せないじゃないですか。

さて、次に医者の都合と私の都合が合う日をめがけて病院に行きます。



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テーマ:健康生活:病気・治療法 - ジャンル:ヘルス・ダイエット


冬休み旅行4ラオディキア&デニズリ
laodikya8

旅の最終日はパムッカレ近くの別の遺跡、
ラウディキアとデニズリのまち見物です。

荷物があるからホテルに置いて出かけます。
昨日の経験でミニバスの経路もわかっています。
同じデニズリ行に乗って、途中下車です。

朝ミニバスを待っていたら、学生らしい韓国人が来ました。
ここで待ってればデニズリにカメラを直しに行くとか。
それがソニーのサイバーショットですよ。
韓国人なのにサムスン使ってなくて、
ソニー使ってくれてるってのがちょっと感動しました。
でも壊れてるってのが残念!

laodikya1

さて、韓国人には終点まで行くように指示して、
我々は20分くらい乗ったところで途中下車。
そこから10分くらいは歩きますね、ラウディキアまでは。
動物病院のところをまっすぐ入って行くだけの道ですけど。


こちらの遺跡も、だれもいません。
アフロディスィアスも人少ないな〜と思いましたが、
ここはほんとに誰もいません。
風がビュービュー吹いています。

ラオディキア紀元前1世紀に繁栄した、
クチュック・メンデレス川の南につくられた都市でした。
ラオディキアの名は、
紀元前3世紀セレウコス朝の皇帝アンティオコス2世の后、
ラオディケの名をとったということです。
しかし紀元後1世紀に起こった地震で崩壊してしまったとか。
黒いヤギの毛を使った織物で富を築いたというので、
その織物の伝統は今でもデニズリのまちに受け継がれているんですね。

laodikya2
こちらがかつてこの古代都市の目抜き通りだった大通りへのゲート。

laodikya10

柱の台座がズラッと並べられています。

laodikya5
神殿の跡。

laodikya7
こちらはなんだったかしら???
忘れましたがきれいな柱ですね!

laodikya4
地中海世界の遺跡にはつきもの、アカンサスの葉のモチーフです。
イスタンブルのアヤソフィアなどにも多用されていますね。

さて、一旦パムッカレのホテルに戻って出直しです。
もう一度デニズリに出発。
オトガルもこれで二度目ですね。
オトガルからタクシーで空港シャトルバスのbay-tur社へ。
そこで荷物を預けて、デニズリのまちに出陣です。

ラオディキアの産物でも触れましたが、
デニズリはトルコ有数の繊維の街としても有名です。
人口は100万人に近づいていて、立派な大都市です。
前回紹介したブルダンの布も、
ローマ時代から重要な輸出品だったそうです。

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こちらがデニズリの目抜き通り。
Gazi Mustafa Kemal Caddesiです。
アタテュルクの影が年々薄れていくこの昨今、なんか安心する名前の通りですね。。。

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あっ、ここにもアイスクリーム入りヘルヴァ屋が!
このHacı Şerifというお菓子屋さんは、デニズリが本店のようですね。

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洋館もどきの建物が。
日本にも明治時代に折衷様式の洋館もどき住宅が流行りましたね。
そんな風情です。

denizli1
こちらは伝統的な住宅。Bay-Turの近くにありました。

昔テレビのグルメ番組で見た、タンドリーケバブ屋さん、
Kocabayを目指します。
fırın kebabıと呼ばれるものなり。

人にききながらケバブ屋が並ぶ通りにたどり着きました。

denizli4
ありました!

いかにも頑固な老舗っぽい佇まい!

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中もあまり広くないので、食べたらさっさと帰るという感じです。

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こんな風なカマで羊のお肉を焼いています。

私と友人の上の子供達はヤダ〜とか言っています。(ぶん殴る!)
店の人が、
「ここはダンドゥルしかないよ!他のがいいなら向かいに行きな!」
そう、ここにはこの一種類しかないんです。

上の子達を向かいのドネル屋に追いやり、
私たちは油がジュ〜っと染み出たお肉を
lavaş(うすーいパン)でいただきます。

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お口の中に肉汁がじゅわっと広がっておいしい〜

子供達はなんでこんなにおいしいものが嫌なのかしら???

下の子供達はおいしそうに食べています。
これで一皿20TLくらいでしたか。

たらふくお肉を食べたら市場の見物です。

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広場にはもう一件の老舗、Enverが。
行列ができています。
近くにEnver Paşa Caddesiという通りがあるので、
ここは何かエンヴェル・パシャゆかりの土地なんでしょか。

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こちらが広場です。
たいへんな賑わいです。

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広場の向こう側は旧市街の市場です。
路地が店舗化しているピデ屋さんがありました。
こういうとこがおいしいんですよね!

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次なる目的地はアタテュルク博物館。
アタテュルクが泊まったことがある家は、
アタテュルク博物館となって、
アタテュルクが使った品や、その地方の人が寄付した
古い家財道具などが展示されています。
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アタテュルクが泊まったというお部屋。

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隣には歴史的ハマムがありました。

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偶然発見したBabadağ Çarşısı
昔誰かにきいて気になっていたけど、
この時まで忘れてました!

近くのババダーという山の名をとったこのビルは、
丸ごと一件繊維の売り場 何です。

denizli15

デニズリ名物の雄鶏マークがついたタオル!
思わず購入してしまいました。

疲れたのでどっかでお茶を飲みたくなりましたが、
旧市街には腰を下ろすところがない。。。
探し回ってやっと見つけたのが、
灯台下暗しで、さっきのエンベル・ケバブ屋の裏でした。。。

denizli16
いまどきチャイが1杯75クルシュ!!!

さて、町歩きをしていて気づいたのは、
トナカイの模様のニットジャケット着用の人が多いこと。

denizli18
ここにも、あそこにも、
次々発見です。
ちなみに、Bay-Turに戻るためにもう一度Gazi Mustafa Atatürk通りを戻ってくると、
途中の広場にデニズリ名物雄鶏の像があって、
待ち合わせポイントになっています。

娘いわく、LC Waikikiというお安いブランドで
トナカイ柄ニットを大々的に売っているとか。
とにかくデニズリ男子の3割ぐらいは着用している
と言えるほどの勢いです。

デニズリのまちも堪能して、
今回の旅も終わり。
Bay-Turのチャトルバスで空港へ向かいます。

デニズリにはまだまだ見所がいっぱい。
機会があったらまた訪れたいです。

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冬休み旅行3 布のまち、ブルダン

buldan27

旅の三日目は、一度デニズリに出てから
別のミニバスに乗り換えてブルダンへ行きます。
大昔、雑誌の取材でも来たことがありますが、
今はどうなっているのかな。

ホテルの裏を下がって行った通りに、
デニズリ行きのミニバスが通っっているといいます。
15分に一本あるといいますが、いつくるのかな。

minibus

朝もやの中にミニバスが姿を表しました!
デニズリのオトガルまで4tl。
そこからbuldan koopのミニバスに乗り換えです。
ブルダンまでは7tl。
小一時間ほど、ぶどうばたけの道を北上します。

buldan1

ブルダンのオトガルはなつかし〜い感じがします。
buldan otogar

余談ですけど、私が翻訳したオルハン・パムックの小説、
「新しい人生」に登場する、80年代 の地方のオトガルのようです。

ワタシのライフワーク、トルコ民家が残っているということですが、
場所がわからない。
そういうときは、とりあえず自治体へ行きます。

buldan3
役場にはありましたよ、資料が。
きちんと古い民家をインベントリー化する作業もできています。
お茶もごちそうになって、
町長さんとも写真撮って、
子供たちの社会科勉強。
おまけに、一人案内役もつけてくれました。

彼が残っている民家をくまなく案内してくれました。

buldan7
布のまちらしく、ここが「織物市場大通り」

buldan9
ここは町役場が購入して修復したという一件。
典型的なトルコ民家に見られる「ソファ」という空間。
ホールのような場所ですが、
多目的に使われます。
部屋が大家族の中での夫婦のプライベート空間なのにたいして、
ソファは公共空間です。

buldan5
こちらは町役場が運営する文化センターにある機織り機。
布はかつては機織り機で織られていましたが、
機械化が進み、廃れて行きました。
ところが近年、復活してきています。
カントリーな雰囲気が受けて、
今ではブルダンの布はトルコ各地にひろまって有名になりました。

buldan13
丘の上からのまちの眺め。丘の斜面にまちが広がっています。

buldan11

buldan16

坂道だらけの風情のある通りには、
昔の民家が残っています。
上階が張り出しているのがトルコ民家の特徴ですが、
狭い坂道の路地ではそれが顕著です。
日当たりをよくするのと、昔は自由に外に出られなかった女性が
窓から路地を眺めるのにも適した構造です。

buldan12
せまい路地の住宅の角は、こんなふうに斜めに切られています。

buldan12
近くのローマ遺跡、トリポリス産の、縞模様の石。
トリポリスからの流用石材がところどころに見られます。

buldan14
これが役場の案内役の方が生まれた家なんだそうです。
庭に向かって開けた開放的ソファには、アーチ状の柱が並んでいます。

buldan14
これは町長さんが買ったと言う民家。
修復して観光施設にするとか。

buldan15
100年ほど経っているというこの家の部屋の天井装飾は、
イギリス人のデザイナーが手掛けたとか。
ちょっとトルコ民家のものとは違って、無機的な感じです。

buldan11
お部屋には「グスルハーネ」がしつらえてありました。
トルコ民家には押し入れの中に、このように簡易浴場が設けられています。
イスラム教では夫婦の営みの後には身体を清めなければならないので、
夜中に部屋を出なくてもいいように室内に浴室があります。

buldan15
右のまあるい煙突がこのまちの特徴なんだそうです。

buldan17
民家のうちの
evliyaoğlu konağı
は、カフェとショップになっています。

こちらは解放的ソファの例で、
裏庭に面しています。
この他民家のタイプには、
4角に部屋が配置され、ソファが真ん中にある、
中央ソファタイプというのもありますが、
ここブルダンにはない模様。

buldan19
トルココーヒーをいただきました。
カップの入れ物はAntepのものかな?

buldan18
お部屋にはかわいい手編みレースのカーテンが。

buldan21
下階は布のショップになっています。

buldan6
のどかなkahve。
カフヴェというのは、男性たちがたむろうカフェです。
昔、ここの隣のアイドゥン県で、昼間カフヴェの営業を禁じたという
ニュースをききましたが、本当でしょうか。
女性ばかり畑に出て、男性はカフヴェで昼間っから
たむろっているからとか。

案内の町役場の方が熱心に説明してくださるので、
すっかりお昼を食べそびれてしまいました。

buldan23

Ağam kebapで、遅いお昼です。
郷土料理はotlu pide。
その名の通り、野草がたっぷりのピデです。
ちょっぴりチーズが入っていて、
ほのかな塩味。
軽くていくらでも食べられそうです。

buldan24

役場の方とお別れして、
(ここで失礼、というと、とても残念そうにしてました。。。)
布屋さん通りでお買い物。

buldan25

昔きた時に布は大量買いして余っているので、
今回はタオルを買いました。

buldan26

さて、一度デニズリに戻って、温泉街のkarahayıtへ向かいます。

ついた頃にはもう暗くなってました。。。

karahayit1
まちのいりぐちには巨大な赤い塊が!
パムッカレと違ってこちらの温泉は鉄分が多いそうなんで、
石灰が赤くなっちゃうらしいですね。

自治体経営の足で浸かれる共同温泉があるときいてましたが、
なんと冬はやってない!

ガーン!

足だけでもつかりたかったのに、残念。

しょうがないから夕飯食べて帰りましょう。

商店街はひなびた温泉街の雰囲気。
どうしようもない土産や温泉宿で着るどうしようもない服とかも売ってます。
夏はきっと賑わっているんでしょうね。

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なぜかエルズルム名物のジャーケバブの店が何件もあります。
そのうちの一件に入って聞いてみると、
やっぱりエルズルムの人がケバブ担当だそうです。

商店街においしそうなスイーツを発見。
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イルミック(粗びきセモリナ)のヘルヴァの中にアイスクリームが入っています。
早速食してみます。
旅行中は血糖値はきにしない。。。

ミニバスでパムッカレに帰り、
夜になって半分くらい閉まっている商店街を通りました。
もう日本人は観光に来ないんですかね。
韓国語ばっかり。

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しかし日本語発見!
これはもしかして、石灰棚を眺めながらとかいう
ブログを書いている方のお店かしら?
こんなとこで頑張ってらしたんですね〜

でももうご飯食べちゃったから、残念ながら入りませんでした。

それにしてもいくらオフシーズンろいっても
街全体、自治体があまり積極的に観光開発していない感じ。
パムッカレ・ワインの地元メーカーがあるので期待してきたのに、
パイロット店もなにもありませんでした。
オサレなワイン・バーでも作ってくれたらいいのに。

世界遺産なんだから、もっと自治体が音頭とって
商店街とかもりたてていってほしいですね。


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